本作の主人公・三角青輝(みすみ あおてる)は、圧倒的な武勇や武力を持たない一介の青年でありながら、深い学識と弁舌の才を武器に、後に大和の軍師・執政へと登りつめていきます。
物語の第1話、彼が最大の敵である内務卿・平殿器の前に立った際、堂々と諳んじて読者を戦慄させたのが、古代中国の兵法書『孫子』虚実篇の一節でした。
「故に善く戦う者は、人を致して人に致されず」
なぜ青輝はこの極限状況で孫子の兵法を口にしたのでしょうか。この言葉に込められた主導権掌握の戦略と、現代のビジネスや交渉・意思決定に通じる本質について詳しく解説します。
『日本三國』第1話で軍師・三角青輝が諳んじた『孫子』の一節
物語の冒頭、青輝が内務卿・平殿器に対して迷いなく諳んじた言葉は、『孫子』の中でも戦術の要諦として名高い「虚実篇」の一節です。
故に善く戦う者は、人を致して人に致されず。
能(よ)く敵をして自ら至らしむる者は、之を利すればなり。
能く敵をして至るを得ざらしむる者は、之を害すればなり。」
──『孫子』虚実篇より
この一節の現代語訳と大意は以下の通りです。
「すべて戦いにおいて、先に戦場に到着して敵を待ち受ける側は、体力を温存しゆったりと構えることができる(佚す)。反対に、遅れて戦場に駆けつける側は、疲弊し消耗してしまう(労す)。
だからこそ、戦の上手な者は、常に主導権を握って敵を自分の意のままに動かし(人を致す)、決して敵に動かされたりはしない(人に致されず)。
敵を自分から意図した場所へ来させることができるのは、相手にとっての利益(エサ)を示すからである。
敵をこちらに来させないように阻止できるのは、相手に損害や不利益を予感させるからである。」
言葉が放たれた極限の場面と青輝の覚悟
この言葉が引用された場面は、青輝にとってまさに人生の分水嶺となる極限の状況でした。
青輝の最愛の妻・小紀は、権力者である内務卿・平殿器の理不尽な暴虐によって命を奪われました。平殿器は絶対的な権力を握り、周囲を屈強な護衛で固めた圧倒的な強者です。
普通であれば、怒りに狂って短剣を抜き、平殿器に飛びかかって返り討ちに遭うか、恐怖に震えて平伏するかのどちらかでしょう。しかし青輝は、感情に身を任せて無駄死にすることを選びませんでした。
平殿器から「どんな気持ちでこの場に臨んだか」を問われた青輝は、一切の動揺を見せず、この『孫子』虚実篇の一節を淀みなく暗唱してみせます。
この行動は単なる知識のひけらかしではありません。青輝は平殿器に対して「お前が絶対的な強者として自分を支配しているつもりでも、私自身は決して主導権を渡していない」「感情に流されて犬死にするような盤面には乗らない」という冷徹な宣戦布告を突きつけたのです。
「人を致して人に致されず」に込められた主導権の戦略モデル
『孫子』が説く「人を致して人に致されず」という思想は、あらゆる勝負事における本質的な力関係を解き明かしています。
『孫子』虚実篇における主導権の有無と結果の対比モデル
上の図解にあるように、主導権を握る側と奪われる側の差は、次の3つの要素によって決定づけられます。
先手と余力(佚)と後手と疲弊(労)
戦場や交渉の場において、先に環境を整え、相手を待ち受ける側は心身ともに余力(佚)を持っています。一方で、相手のアクションに対して後手後手で対応する側は、常に慌てて駆けつける形になり、精神的にもリソース的にも疲弊(労)していきます。
青輝は自分が武力を持たない弱者であることを完全に自覚していました。だからこそ、相手の土俵(武力戦・感情戦)には一切乗らず、自分の土俵(論理・法・大局観・利益誘導)に相手を引きずり込むことを徹底したのです。
相手を動かす二大梃子:「利」と「害」の設計
孫子は「人を動かす仕組み」を極めて明快に解き明かしています。それが「利(利益)」と「害(損害)」です。
- 自ら至らしめる(引き寄せる):相手が「どうしても手に入れたい実利・メリット」を提示する
- 至るを得ざらしめる(阻止する):相手に「これ以上踏み込めば致命的な痛手を負うリスク」を認識させる
力ずくで相手をねじ伏せようとすれば、強い反発と抵抗が生まれます。しかし、相手の欲望(利)と恐怖(害)を正確に読み取り、選択肢の枠組みをこちらで設計すれば、相手は「自分の意思でそちらへ進んだ」と思い込みながら、実際にはこちらの望む通りの行動をとることになります。
武力のない青年が乱世を動かす「軍師の兵法」
『日本三國』の大きな魅力は、力自慢の猛将たちが跋扈する世界において、青輝が「弁舌」と「制度設計」によって彼らを従えていく点にあります。
青輝は後に、兵士たちの士気や根性論に頼るのではなく、次のように説いて軍の根幹を整えます。
これもまた、孫子の教えに通じる徹底したリアリズムです。農業生産力、兵站、補給路、法律、組織体制といった基盤をあらかじめ固めておくことこそが、「先に戦地に処りて敵を待つ」行為そのものです。奇策に頼る前に、負けない環境を先回りして構築する姿勢こそ、真の軍師のあり方でした。
現代のビジネスや日常の意思決定への応用
『孫子』の「人を致して人に致されず」は、現代のビジネス、商談、人間関係、組織マネジメントにおいても強力な教訓を提供してくれます。
リアクション中心の仕事から先手主導の仕事へ
毎日の業務において、メールの返信、突発的なクレーム、上司や顧客からの急な依頼に追われて一日が終わってしまう状態は、まさに「後れて戦地に趨きて労す」受動的な状態です。
相手からの要求に反射的に反応するのではなく、先回りして課題を予測し、こちらから提案やアジェンダを提示することで、交渉や業務のペース(主導権)を自分の側に引き戻すことができます。
感情の衝突を避け「利」と「害」で人を動かす
職場で意見が対立した際、正論をぶつけて相手を論破しようとしても、感情的な意固地を生むだけで事態は好転しません。
孫子が説くように、「相手にとって何が利益(利)になるのか」「現状のままだと相手にどんな不利益(害)が生じるのか」を客観的に整理し、相手自身が選択したくなるインセンティブ構造を提示することが、最も摩擦の少ない合意形成につながります。
自分の感情に支配されず目的を最優先にする
青輝は妻を殺された怒りに心を支配されることを拒否しました。怒りや屈辱に支配されて行動することは、「他人に自分の感情のスイッチを握られている」という意味で、最も重篤な「人に致された」状態だからです。
どれほど理不尽な状況に置かれても、自分の感情を客観的に観察し、常に「本来自分が果たすべき目的は何か」を見据え続けること。それこそが、主導権を自分の手に保ち続ける最大の秘訣です。
まとめ
『日本三國』の主人公・三角青輝が諳んじた『孫子』虚実篇の言葉、「故に善く戦う者は、人を致して人に致されず」。
それは、武力や権力を持たない弱者が、強大な理不尽に立ち向かい、自らの運命を切り拓くための最強の武器でした。
相手に振り回されず、常に先手を打って主導権を握り、相手の利害を見極めて望ましい方向へと導く。この古代からの兵法の神髄は、変化が激しく予測不能な現代を生き抜く私たちにとっても、色褪せない知恵の羅針盤となってくれます。
