タイトルの「九変」とは「無数の変化」「無限のバリエーション」を意味します。
孫子はここで、状況によっては基本原則すら覆す勇気を持つべきだと説くと同時に、リーダーが自滅する典型パターンである「五つの危険(五危)」と、物事のプラスとマイナスを同時に捉える「利害の複眼思考」を明示します。本記事では、九変篇の要点を分かりやすく解説します。
原則を破る柔軟性:「由らざる所あり、攻めざる所あり」
兵法にはセオリーがあり、定石があります。しかし、実際の戦場やビジネス環境では、定石どおりに行動すると命取りになる場面が多々あります。
──『孫子』九変篇より
孫子はここで、状況次第では「通ってはならない道」「攻撃してはならない敵軍」「攻め落としてはならない城」「奪い合ってはならない土地」が存在すると警告します。
さらに踏み込んで、「君命にも受けざる所あり(国家の君主の命令であっても、現場の実態に合わず自軍を滅ぼす命令なら受けてはならない)」とさえ言い切ります。形式的なルールや上層部の指示に盲従するのではなく、現場の客観的状況を最優先して判断することこそが真の指揮官の責務なのです。
図解:リーダーを破滅させる「五つの危険」と柔軟な適応
九変篇のハイライトの一つが、優秀な指揮官であっても性格の偏りによって自滅する「五つの危険」の分析です。
リーダーを自滅させる五つの性格的欠陥と臨機応変の知恵
上の図解にあるように、孫子は「勇気」や「責任感」「高潔さ」といった一見素晴らしい美徳であっても、過度に行き過ぎると致命的な弱点に反転すると指摘します。
リーダーを滅ぼす「五つの危険(五危)」とは?
孫子が挙げる五つの危険は、現代のビジネスリーダーや管理職のマネジメント失敗要因と驚くほど一致しています。
- 必死(猪突猛進):「死ぬ気でやり抜く」という頑なさは、冷静な撤退判断を奪い、敵の罠にかかって命を落とします。
- 必生(保身と恐怖):「何が何でも生き残ろう」と過度に保身に走ると、勝機を逃し、決断が遅れて敵の捕虜になります。
- 忿速(短気と怒り):短気でカッとなりやすい性格は、相手の些細な挑発や批判に乗せられ、冷静さを欠いて自滅します。
- 廉潔(過剰な誇り):プライドが高すぎると、批判や屈辱に耐えられず、感情的になって無理な行動に走ります。
- 愛民(情にもろい配慮):部下や関係者への情が深すぎると、必要な厳しい決断や痛みを伴う改革を躊躇し、組織全体を泥沼の危機に巻き込みます。
どのような長所も、極端に偏れば敵に利用される急所となります。感情のバランスを保ち、自己のバイアスを客観視することが求められます。
利害の複眼思考:「利の中に害を見、害の中に利を見る」
九変篇が提示するもう一つの重要な思考法が、「利害の複眼思考」です。
──『孫子』九変篇より
知恵ある者は、物事を考える時に利益と損害の両面を必ず重ね合わせて検討します。
調子の良い時や大きなチャンス(利)に直面した時は、そこに潜むリスクや落とし穴(害)をあらかじめ想定することで、慢心を防ぎ事業を確実に成功させます。反対に、大トラブルや逆境(害)に直面した時は、その中に転がっている新たな機会や強み(利)を発見することで、危機を打開できるのです。
備えの本質:「敵が来ないこと」を願うな
九変篇の末尾には、危機管理に関する不朽の金言が記されています。
「用兵の法は、其の来たらざるを頼むこと無く、吾の以て待つこと有るを頼むなり。其の攻めざるを頼むこと無く、吾の攻むべからざる所あるを頼むなり。」
「敵が攻めてこないだろう」「市場環境は悪化しないだろう」という相手任せの希望的観測に頼ってはなりません。いつ敵が攻めてきても撃退できる自軍の強固な体制と準備こそを頼りにすべきであると孫子は教えます。
